(2) イルミネーション

あれは私がまだ今の商売を始める前のことだった。つきあっていた女と別れ、決まった仕事もなくむしゃくしゃしていた私はバーでカクテルを飲んでいた。高層ビルの一角にあるしゃれたバー、窓からは美しい夜景が見える。適当な女を見つけて一夜を共にするにはちょうどいいかもしれない。私はゆっくりと周りの客を見渡した。

「隣に座ってもいいか、俺は警察の者だ」

彼はいきなり警察手帳を見せ、隣に座った。

「ちょっと待ってください。私はまだ何も悪いことはしていません」
「すまない、つい仕事の口調になってしまって・・・さっきからずっとあんたを見ていた」
「私の顔、指名手配犯か何かに似ていましたか」
「いや、そうじゃない。その青い瞳が美しく、そして寂しそうであった」

女を口説く時に使うようなセリフを男に言われた。ホモか・・・警察官にはホモが多いと聞いていたが・・・・

「俺の名前はジャックという、ジャック・バレンタインだ。あんたは・・・」
「私はユーリだ。ファミリーネームは言いたくない」
「何か過去があるのか」
「移民だから過去の名前を捨てて今の名前になった」
「まあいいさ、取調べではないからフルネームを名乗らなくても・・・ユーリ、寂しいなら俺が相手をしてやろうか」
「今まで男と寝たことは一度もない」
「ホモはいやか」
「そんなこと考えたこともなかった」
「普通はみんなそうだろうな。俺は違っていた。子供の頃から将来の仕事と自分の性癖をしっかり意識していた。五歳の時警察官になろうと決意し、十歳の時、自分は男しか愛せないとはっきりわかった」

ふきだしそうになるのを懸命にこらえた。小さな子供が警察官に憧れるのはよくあることだけど、普通十歳でホモであると自覚したりはしないだろう。だがこの男の目は怖ろしく真剣で笑うなどということは許されない。

「五歳の時、警察官に憧れて、それからどうやって強くなったらいいか真剣に考えたんだ。それで六歳の時からジュードーを習い始めた。周りの友達は野球やサッカーに夢中になっていたけど、俺はジュードー一筋だった」
「はあ・・・」

だんだんしゃべるのが面倒になってきた。警察官にホモにジュードー、どれも私には興味も関心も全くないことだ。早くこの男が自分を諦めて他の男に話しかけてくれればよいのだが・・・飲みかけのカクテルを一息に飲み、店内を見回した。どこかに一人できている女はいないか、このさい好みのタイプとか一夜を共にするとかいうことはどうでもよかった。ただこの変なホモ警官から離れられればそれでいい。

「この店で女を探そうとしても無駄だよ。あんた初めてか。入り口にゲイオンリーと書いてあったのを見なかったか?」

変態警官がさもバカにしたような言い方をするのにカチンときた。十歳からのホモがなんだ、私だって相手はもちろん女だが初体験は人よりかなり早かった。私はニヤリと笑った。

「ああ、当然知っていたさ。私は君と違って男と女、どちらでも大丈夫だ。長いこと女とばかりつきあっていたから気分を変えてみたいと思っただけさ」
「それなら話は早い、すぐホテルに行こう」
「ちょっと待て、私は別に君と寝ようなどとは・・・・」
「どうせ男を捜していたのだろう、だったら俺にしろ・・・一生忘れられない素晴らしい体験になる。俺と寝て不満を持った男は今まで一人もいない」
「たいした自信だな」
「俺は自分の仕事にも生き方にも自信と誇りを持っているからね。さあ、ユーリ早くいこうぜ。愛している」

彼が耳元で私の名前を囁いた。顔が赤くなってくる。これぐらいのカクテルで酔うとは・・・いつももっと強いウォッカをラッパ飲みしても酔わないというのに・・・

「あ、そうそう、この店は見るからに経験の少なそうな客には羞恥心をなくすため、強いカクテルを出しているようだ。いまさら忠告しても遅いかもしれないが・・・・」





バーで飲んだカクテルに何が入っていたのかわからないが、私はフラフラする足取りでホテルへと連れて行かれた。途中、抱きかかえられていたかもしれない。ジュードーで鍛えたと言うこの男は自分より体の大きな私ですら楽々と持ち上げることができた。彼は日々逃げようとする凶悪犯をこうやって持ち上げ投げ飛ばしているのだろう。まあ私は犯人ではないので丁寧に扱ってくれるのだが、時々耳元で囁かれたり、唇を押し付けられたりするのはたまらない。やっぱり自分はホモやバイにはなれないストレートな人間だと強く自覚してしまう。そして自覚したすぐ後に初体験をしなければならない自分の運命を呪った。街中を歩きまだ人通りはある。大騒ぎをして逃げ出せば彼は警官という立場から決して無理強いはしないだろう。だが私はいやだと思いながらも彼に抱きかかえられたままになっていた。

ホテルの部屋に入った。相手が女の場合、どんなに酔っ払っていても嫌われないようあれこれ気を使って動くのだが、どうせ相手は変態警官、嫌われて一夜限りの関係になってくれた方がありがたいので、ベッドにドカンと倒れて何もしないでいる。

「ユーリ、大丈夫か、カクテルそんなに強かったか」
「いや、大したことはない、大丈夫だ」
「俺の名前も呼んでくれないか」
「悪い、なんて名前だったか」
「ジャックだ。ジャック・バレンタイン」
「ああ、そうジャックだった」

夢うつつの中、何度もキスされて裸にされた。それから抱きかかえられるようにしてシャワー室へ行き丁寧に体を洗われた。男同士の関係だからか、それともこのジャックという男が特別にマメなのか知らないが、実に丁寧な洗い方でうっとりしてしまう。こんなにいい気分にさせてくれるならホモも悪くはないか・・・いや、俺はやっぱりストレートだ。その証拠に大事な場所に男の手が触れるたびに顔が赤くなっているのを感じてしまう。

「うわー!ちょ、ちょっと待て!・・・・何をする・・・アアー・・・やめろ!」

彼の指が体の中にいきなり差し込まれた。

「やっぱり初めてか。それならそれなりのやり方でやってやるから心配しなくていい」
「初めてではない。これぐらいの経験は何度でもある」
「それなら遠慮することはないな」

「うわー!・・・ヒイイー・・・・アアー・・・・ウウーん」

何本もの指が差し込まれ、私は腰をくねらせながら叫び声を上げた。女との経験を思い出し、懸命にその時に近い声を出した。私はまだプライドを捨てきれていない。こんなこと自分にとってたいしたことではないと思い込みたいプライド・・・・

シャワー室からまた再びベッドの上に連れていかれた。そしてまた穴の中への丁寧なマッサージが続く。しだいに痛みよりも心地よさの方が上回ってくる。私のものも立ち上がり、指の動きにあわせてビクビクと反応しているのがわかる。これで本物のホモならば今は至福の時だろう。この男はさぞかしモテるだろう。男らしい見た目と警察官という職業、相手にとことん尽くす真心と抜群のテクニック。もし私がホモならば間違いなく夢中になってしまうだろう。

「不思議だ」
「なにが・・・」
「君に決まった恋人がいないことがさ。さぞかしモテるだろう。私のような人間をわざわざ相手にしなくても・・・」
「ああ、モテるさ。その手のバーやクラブに行けば一夜限りの相手などいくらでも見つけられる。だけど一緒には暮らせない・・・愛することができない」
「どうして、こうやって体を重ねあわすことが愛することだろう」
「ああ、そうかもしれないが」

信じられないような痛みに襲われた。体を貫く未経験の形容しがたい異様な痛み・・・だが私は声も上げずにその痛みにひたすら耐えた。この男は泣いている・・・全身を振り絞って泣きながら私の中に入ろうとしている。私は必死で彼の心を受け止めようとした。

「本気で愛したやつが麻薬に溺れ犯罪に手を染めた。一緒に暮らして毎日こうしていたのに、俺は仕事に夢中で少しも気づかなかった。何も気づかず、どうすることもできなかった。警察官でありながら一番身近なやつを犯罪者にしてしまった。だからもう・・・・」
「そうか、そういうことがあったのか」
「あんたは他の男とかなり違う」
「私は移民できちんとした仕事についていないから」
「俺は国を守り、法律を守り、人々が安全に暮らせる社会を作りたくて警察官になった。俺のしたことは間違っているのか」
「間違ってはいない。君は正しいさ」
「あんたにそう言われるとほっとする。また会えるか」
「私はホモではない」
「そんなこと、最初からわかっている。初めてでさぞかし痛みがあるだろうに、それでも俺を受け入れてくれた。こんな人間は初めてだ。愛している」
「私も君を愛しているよ・・・・多分・・・・」

また激しい攻撃が始まった。私の体は大きく揺さぶられ、喘ぎ声が漏れた。次第に理性は失われ叫び声を上げながら意識を失っていた。





朝、目が覚めると彼の姿はどこにもなかった。体はきれいに清められ、きちんとパジャマを着て寝かされていた。ベッドの脇に手紙が置いてある。

「ユーリ、急な事件ですぐに行かなければならなくなった。ホテルの支払いは済ませてある。また会いたい。連絡してくれ。ジャック・バレンタイン・・・・追伸、やっぱり俺は自分が間違っているとは思えない。あいつの心が弱かっただけだ。俺は自分の仕事に誇りを持っている」

電話番号が書かれたその手紙を私は細かくちぎってくずかごの中に入れた。

「ジャック、君には悪いけど私はホモと警官とジュードーには少しも興味がないんだよ。他の相手を見つけてくれ。君ならすぐに見つけられるさ。同じホモで、麻薬や犯罪には決して手を染めず、警察官に憧れを抱いている素晴らしい男が・・・・」



                                                   −第2話、完ー


後書き
 なぜかヴィタリーよりもユーリ受けの話ばかり思いついてしまっています。このヒトはドロドロした感情がないから逆に書きやすいかもしれない。
 2006、1、17





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